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トルタ、新着!


とびきりな詩の世界を思いもしない方向に拡張展開し続けている詩人集団・TOLTAから、またびっくりな詩の本が届きました!


詩の世界を開くしぐさが変わってきます。
モノにうったえて「読書する身体」に新しい身振りを生み出した、詩と言葉の立体的世界!

「トルタ4」価格1000円
「ジャイアントフィールド・ジャイアントブック」価格1000円

「TOLTA4」特集:14歳のための現代詩
エッセイや詩■ゲスト執筆者(敬称略)
北川透、瀬尾育生、福間健二、広瀬大志、
杉本徹、田中宏輔、小峰慎也、安川奈緒、藤原安紀子、
最果タヒ、文月悠光

インタビュー■
藤原安紀子(聞き手:佐次田哲)
小笠原鳥類(聞き手:佐次田哲)
佐々木敦(HEADZ)(聞き手:河野聡子)

詩■トルタ
山田亮太
河野聡子

巻末■14歳年表、トルタかるた、年々カルタ(内田雉郎)

イラスト■カワムライクヨ
装丁■河野聡子

価格■1000円

「ジャイアントフィールド・ジャイアントブック」
山田亮太の詩集『ジャイアントフィールド』の中の言葉をジャイアントに拡大する、アンソロジー詩歌句集。
60篇を掲載します。

執筆者(敬称略)
赤羽なつみ、阿部嘉昭、新井豊美、飯田保文、
一方井亜稀、伊武トーマ、今橋愛、今唯ケンタロウ、
海埜今日子、及川俊哉、小笠原鳥類、小川三郎、
柏木麻里、粕谷栄市、蒲生啓介、川口晴美、
岸田将幸、木下奏、久谷雉、倉田比羽子、
倉橋健一、小峰慎也、斉藤恵子、佐次田哲、
佐藤勇介、清水あすか、生野毅、白鳥央堂、
瀬尾育生、添田馨、高村而葉、竹内敏喜、
橘上、田中宏輔、田中庸介、谷川俊太郎、
塚越祐佳、手塚敦史、田原、中右史子、
永澤康太、野村喜和夫、支倉隆子、広田修、
藤富保男、正津勉、松本秀文、水島英己、
三角みづ紀、峯澤典子、望月遊馬、森悠紀、
森川雅美、八木幹夫、八木忠英、八潮れん、
ヤリタミサコ 、吉原洋一、渡辺めぐみ、渡辺玄英

価格■1000円
装丁■ままごと喫茶 門倉未来


写真の撮り甲斐のある本です(笑)
トルタさん本人たち撮影の写真は見事!→
見た目もびっくりですが、内容もまた別の意味で驚きの充実ぶりです。
執筆者陣は目も眩むほど。すごすぎです。
とくに「ジャイアントフィールド・ジャイアントブック」は、山田亮太の詩集『ジャイアントフィールド』から抜き出した「ことば」を、依頼された詩人が自由に使って詩作されたものの作品集です。
オマージュ本というわけではなく、詩集の言葉を自由に交換することによって、1冊の詩集が個人詩を超えたもっと大きな「詩の世界全体」を生きていることを示しています。壮大な現代詩の産物だと思います。
さらに詩集を出版して終わりではなく、「詩を読んだあとの世界」をフォローし働きかける、まことジャイアントな射程をもつアンソロジー詩集。


書肆吉成で店頭販売しております。
ぜひ見に来て、買っていってください!
現代詩の茫漠たる言葉の世界へと、お誘い申し上げます。
| 読書日記 | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
市町村史をひもとくと
こんど、学生時代からの友人・福島朋子さんや小黒悠佑くんらが、
余市郡仁木町銀山にある女代(めじろ)神社で歌うのだそうです。
http://emer140.jp/aquarius574
歌と踊りの奉納だそうです。天の岩戸を闢こうというのでしょうか。

余市から京極町へ向おうとしたとき「銀山」の看板を見かけており、
以前から変な地名だなぁと思っていました。
かつてここに銀の採れる鉱山があったのでしょうか?

そこで『仁木町史』をひもといてみます。まずは仁木町から。
いまの仁木町は林檎の町、というイメージですが、
最初は交通の要所として宿屋が興ったのがはじまりだそうです。
そののち仁木市街の形成に大きな影響を与えたものに、然別鉱山(のち大江鉱山、銀→マンガン鉱、昭和59年閉山)がありました。
銀鉱脈が明治20年代末に発見され、然別が大きく栄えます。
それに伴い周辺の仁木や余市も賑やかになり、仁木では種川橋のそばに遊郭もできる程だったとのこと。明治30年代には鉄道工事の関係者も加わります。
銀山はそれに遅れて、赤井川への道が開道され、鉄道が引かれ、「銀山駅」ができたことにより、町が形成されたのだそうです。
入植の始まりは薪材の伐採、のち木炭業、柳行李の木材と鉄道枕木の製造と開墾。

つづいて『新仁木町史』から「女代神社」を追ってみます。
馬群別に農場を創設した山川瀧五郎によって、明治28年、郷里である兵庫県城崎郡八条村に所在した、女代神社の分霊を勧請したのがはじまり。
明治四十年に公認神社が必要となり、官社として創立となります。
落成は明治四十四年。最初は共同墓地付近に建立されました。
昭和12年、稲穂神社と合祀。昭和24年分離。

山川瀧五郎は柳行李の製造販売業。小樽入舟町にまず山川商店小樽支店を開設。のちに払い下げを受けて馬群別へ。


というわけで、友人たちの歌のイベントにひっかけて、
北海道近代史の勉強、および、市町村史の古本の宣伝でした(笑)。

なんとなく、小樽から地方へ、という商人の道が見えてきます。
山川瀧五郎がそうであったように、石狩も商人がまず小樽に入り、そこから別の地域に行った野心家がいました。
また別に、岩見沢市金子町の郷土史『郷土史 金子』を見ると、小樽富岡町(と東京品川の御殿山)の金子家が農場を開いたのが、この地区の近代の始まりであったことを知りました。
この金子家は他に福島、松前、小樽、札幌、増毛でも各種事業をしていたとのこと。
中江兆民の後援者で、朝鮮独立運動の志士(親日派)・金玉均を援助したことが記述されています。
金玉均、……。
このところ藤原書店や影書房が尹東柱の見直しをしていますが、金玉均はどうなんでしょう。
| 読書日記 | 18:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
「湯気」をめぐる、演劇と詩
集英社「すばる」8月号に、
唐十郎・吉増剛造両氏の対話があり、

(きょうやっと、ラルズプラザの古本市の帰り、
 ジュンク堂に寄って、購って)

バスに揺られて読みながら、西岡へのゆるやかな坂道を登る。
対話のなかで、お二人は、坑道の坂道を斜めに降りていく身体感覚を語っている。

(古本市のレジの暇に読んでいたのは、今村仁司のちくま学芸文庫。
 現代思想の入門書のようなもので、ハイデガーとアドルノを対比しながら、
 垂直がファロス=男性原理であるのに対して、「斜傾」を提示していたところを読んでいました……)

アフンルパル通信創刊号に、吉増先生が詩を下さった、それは、
「poil=ポワル=毛(ケ)、アフンルパルへ」という詩。
poilはフランス語で「毛」の意味。
アフンルパルは、実際に足を運んだし、辞書的にも意味を知っているつもりでいるのですが、
ずっとわからないでいるのが、この「毛」。

アラーキーとの「東京人」誌上対談では、吉増先生が「毛深い東京」と言ってアラーキーの語りにスイッチが入った印象があった、
この「毛」は?

そして、唐十郎氏との対話で驚くのは、
「毛」は吉増先生からだけ投げかけられる不思議ワードとばかり思っていたのに、
唐氏の次の発言。
唐 僕は「湯毛の中のナウシカ」という芝居も書いているんだけど、ゆげのけは気配の気じゃなく、湯の毛と書くんです。ヘアです。

いくつかある不思議ワード、私の想像がとば口にもひっかかっていない言葉のひとつがこの「毛」。
ほかに思い出せる不思議ワードとして胸にひっかっかて腑に落ちないのは
「回心」、「荒野」、「砂漠」、「虫」。

いくつかの言葉は、詩や文学のなかで独自の発達を遂げていて、
日常の言葉や身近な対応物を持たずに、読者を文学的想像力の青空へ飛翔させる。
それは万葉集のころから、枕詞や本歌取りをへて、現代詩へ流入している言葉の歴史と、
世界と言葉の関係の変化によって、詩が言葉を鍛えた言葉の地平が交差している。
「詩語」の歴史と地平。ここが文学の面白いところの一つと思う。

かつて、くぼたのぞみさんは安東次男氏にこんな疑問を投げつけたという。
一度だけ、北海道生まれの者のニホンゴの語感は内地生まれの人のものとはまるで違う、とこの詩人に訴えたことがある。すると、ゆるぎなき京文化のなかで青春をおくった人は、そんな違いはなくなるところまで行きなさい、と急に「威張りの安東」になった。それは違う、それでは「他者」は見えない、と旧植民地生まれのわたしはいいたかったけれど、そのときは反論することばをもたなかった (「現代詩手帖2008.9号」p.61

北海道に生まれると、本州とは季節感がまるで違うため「季語」などわかりようもない。
文学は、いわゆる「日本文学」であっても「現代文学」であっても、
いいや文学に限らない、ニュースも経済も歴史も、
ここでは全て他者からもたらされる「よそ事」と思う。
なんだろう、この引け目は。
「となりの部屋で人が死んだってさ。死ぬのはいつも他人ばかりだね」
「北極の氷がとけて氷山が崩れているよ」
「自民党はもうガタガタでまとまらないよ」
「新型インフルエンザに注意するために海外には行かないほうがいいよ」
……これは「情報」? それとも「私の身近な事」?
こんな「よそ者意識」、疎外感を自覚できてるだけでも、文学的には幸せかも知れないのに。

文学的エグザイル

(その反対に、北海道にこだわりぬく、北海道を特権化する、というのもまた、
もう一つの閉鎖空間を創出し、みずからを権威化して保守することにすぎないのではないかと思っている。
雑誌「カイ」が成功しているような、注意深い視点と広い視野をもってでなければ。)

しかしどうだろう、「毛」は。
この、自分自身の身体のなかでも無意識に属するような、過剰な部分は。
自分の外部のような、不定形の、客体化できなく、主体化も拒むもの。
きっと誰にとっても「毛」は、
過剰なメッセージを持っているワケノワカラナイものではないでしょうか。

文月悠光さんの「アフンルパル通信8号」の詩
「抜け落ちる髪、生かされる私」に登場する毛も、
どこにでもあるのに、
どこまでも不思議な異物として、私にまとわりついています。
この不気味さには疎外感がない。すっと共感できます。

同じように、唐・吉増両氏の対談で語られていることも
すっと共感できる。頭じゃなくて、どこかですぐにわかる。
読んでいると、ときおり凄い言葉にぶつかって、鳥肌がたつ。
きっと体が反応してるのだと思います。
| 読書日記 | 23:57 | comments(5) | trackbacks(0) |
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