札幌の古本屋の窓辺から 〜古書出張買取りの書肆吉成

北海道札幌市の古書店・古本屋です。専門書・学術書・美術や趣味の本など古本古書を買取ります。出張買取もしております。
札幌市東区北26条東7丁目3−28 011−214−0972
 ■札幌の古本買取専門店 書肆吉成  

 ■在庫一覧(新刊本・古書)

 ■日本の古本屋登録書リスト

 ■古本紹介

   メール yosinariアットsnow.plala.or.jp
  電話 011-214-0972   携帯 080-1860-1085
  FAX 011-214-0970
  営業時間・平日10時〜18時(日祝は12時〜18時)

 古本古書出張買取り致します。
 お気軽にご連絡下さい。
 
<< 日本の古本屋がリニューアル | main | ウィリアム・S・バロウズの本たち >>
露口啓二写真作品を北海道近代美術館「もうひとつの眺め」展で観て

現在開催中の北海道近代美術館「もうひとつの眺め 北海道発:8人の写真と映像」展は、8人の写真・映像作家の作品が展示されている。

8人の共通点は「北海道発」。

とはいえ北海道出身もしくは北海道で制作をしたということだけであり、

それぞれ独立した、良い意味でバラバラな、際立った作品が展示されていた。


(図録の解説によると、「反サイト・スペシフィティ、ポストメディウム・スペシフィティ」が共通テーマだとしている。しかしそれは一つの方便にすぎないだろう。少なくともこれらの用語を頭に詰め込んで出品作品を見ては、用語以上の意味を何も得られなくなってしまう。8人の多様な作品のあり方をこれらは解説するのではなく、「反」と「ポスト(以後)」のその先に何があるのか、それぞれに目撃し鑑賞したほうが良いとうながしているのだ。学術用語を逆手に取った上手な反批評、反解説であるように思われる。図録のなかではこう言っている。つまり、「反サイト・スペシフィティ、ポストメディウム・スペシフィティを本展の出品作品に適用させて、その有用性を示すとともに、本展の出品作家を「もうひとつの鑑賞方法」へと導くものである」(p16)。ちなみにこの展覧会図録はかなりおしゃれだ。佐藤守功デザイン。超クール。1250円)


さて、8人というのは正確には9人で、

露口啓二、北川陽稔、伊藤隆介、ニナ・フィッシャーとマロアン・エル・サニのユニット、鈴木涼子、岡田敦、大友真志、佐竹真紀である(展示順。さらに本当は10人目もいるのだが、それは展示でご確認ください。素敵なモノクロ写真がありますよ)。

作品はどれも端倪すべからざるものだったが、

このブログでは露口啓二の展示を見た感想文を書いておこうと思う(あくまで個人的な感想です)。


会場にはいってすぐ、その展示方法に驚いた。

露口啓二の写真が額装されずに紙のまま壁に貼られてあるのだ。

額縁に入っていない。ただの大きい写真だ。

そこで気づかされるのは、「額縁」とは額の外部を排除することで美術作品の価値を担保し、意味を限定し、イメージを固定する装置だったのではないか、ということである。露口の写真はその「額」を取り払い、イメージの「縁」をそのまま空間に放り出しているように見える。

写真はイメージである前に、印画紙という支持体に色がのった「物」なのだ。


写真のサイズは大きい。風景写真だ。近寄って細部を見ていくと、だんだんその風景の中に入り込んでいくように錯覚する。写真家が風景のなかに入っていく身体を疑似体験できる。


写真の意図はなにか、場所はどこなのか。意味を求めてキャプションを見る。

メモを取らなかったので記憶だがたしか「自然史」とか「北海道・福島」とか書いてある。いずれにせよかなり広範囲で、福島と北海道のどちらなのかはっきり示されていない。どちらかの土地の写真なのだろう。


会場を進むとすぐに写真が中空に吊るされた空間にでる。

壁に作品があるのでなく、ぽっかりと空間に浮かんでいるのだ。その間を自由に歩くことができる。裏表二枚の写真がぴったりと貼り合わせれている。キャプションを貼るスペースはもちろんない。


私は思った。放り出された写真、放り出された風景、放り出された自然だ、と。


露口が震災後の福島へ行って写真を撮っている知識はあった。放射性物質がつくる立入り禁止区域の見えない境界を写真に撮っているらしい。

写された写真は、あえて言えば「何の変哲もない」自然風景だ。しかし、目に見えない放射性物質がある風景なのだ。手がつけられず、放り出されてある。


恐ろしいのはキャプションがあいまいなので、その風景が北海道のものなのか、福島の「帰還困難区域」のものなのか、見分けがつかない。北海道と福島が頭の中で二重写しになっていく。

ブラキストンラインだったか、北海道と福島とは植生がおなじらしく、自然景観が似るのだろう。


このへんで鎌田享による図録の解説を引用しよう。すばらしい指摘だ。「人為と自然、可視と不可視、写真と脱写真…。露口は、あえてその境界に立ち孤塁に踏み止まりながら、世界のあり方を、そして写真のあり方を、探ろうとしている。」

かつての露口の仕事を思い出すならば、「アイヌ語地名と日本語地名」(音と領域、住空間と地図)や「川とコンクリート」(道)という境界もあった。


写真を見る。人のいない空間は不安感をさそう。不気味で、どこかこわい。

人工物が生半可に写ってたりするから余計に不気味だ。

放り出された風景では、自然が人工物を覆いつくそうとしている。またはその逆に人工物の放射性物質が自然を覆っている。

「自然との共生」とか「自然に還る」なんて人は簡単に言うけれど、そんな生易しいもんじゃないな、と思った。


写真そのものは、ただそこにある風景を写し出している、それだけなのに。

いや、それだけだからか。写真に何が写りこんでいるのかよく見れば、プンクトゥムの発見があるだろう。こういってよければ露口の写真は思いもよらないプンクトゥムの発見だらけだ。視線の中心がなく、かつ写真に写っていないものまで写し出しているのだから。



露口の目とカメラは「批判装置」だ。二つの世界が交わる十字路を映し出す。

それはいま、人と自然のあいだに横たわる深淵を覗いている。

鑑賞者は露口の写真を見ることで、その十字路に立ち、その深淵を覗くのだ。

この世界に住む現在のわれわれが、いったいどんな十字路に立っているのか、どんな深淵の縁を進んでいるのかを、あらためて知ることになる。


考えてみれば、北海道は(も)十字路なのだ。

そんな貴重な気づきと体験をさせてもらった。見に行って良かった。

| - | 12:51 | comments(0) | - |
コメント
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENT
LINKS
ARCHIVES
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
熱帯雨林の彼方へ
熱帯雨林の彼方へ (JUGEMレビュー »)
カレン・テイ ヤマシタ, Karen Tei Yamashita, 風間 賢二
RECOMMEND
“関係”の詩学
“関係”の詩学 (JUGEMレビュー »)
エドゥアール グリッサン, ´Edouard Glissant, 管 啓次郎
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
へんな子じゃないもん
へんな子じゃないもん (JUGEMレビュー »)
ノーマ フィールド, Norma Field, 大島 かおり
RECOMMEND
RECOMMEND
CATEGORIES
PROFILE